昭和の沖縄島巡り

昭和の沖縄島巡り、懐かしさがこみ上げる紀行文と歌の数々です

■昭和の沖縄島巡り<<スッポンの島(南大東島①)>>■

◆行った所: 南大東島(昭和64年(1989年))<O039>◆
■島の情報: 南大東島 - Wikipedia


南大東島はどんな島?
・行く前の南大東島の知識といえば-
「最初に島を開いたのは、八丈島から移住した人達」
「土地が計画的に開墾され、アメリカの様に大型機械を使った農業が行われている」と、いう事くらいでした。

那覇から、南大東島へは小型プロペラ機で、1時間30分のフライトとなります。乗る飛行機は、琉球エアーコミューターRAC社)のDHC-6型機(通称 ツインオッター)の、19名乗りです。

・颯爽と、搭乗カウンターに行くと、(何と!)「体重計に乗ってください」の指示?。私の体重はマル秘扱いなのですが、仕方なく体重計に乗りました。そして、荷物の重さも計られました。

◎このプロペラ機(DHC-6型機)に乗って南大東島へやってきました。

▲小型プロペラ機は、体重も荷物の重さを計るのですね
・この小型プロペラ機は、左右一列ずつの座席と、機体の前後に貨物室があります。体重と荷物の計測は、「搭乗者をどこに座らせるか?」「荷物を前後どちらの貨物室に入れるか?」を判断する為でした。

・これは「ウエイト アンド バランス(重さとバランス)」といい、小型プロペラ機の安全運航には欠かせない計測だそうです。

・「太ってますね」とも言われず(当り前ですが)、飛行機に乗ると右側の座席は私一人、他の乗客は全員左側に座っています。

・さーて!ここで問題です「これはいったい何を意味しているのでしょうか?」「もっと痩せろ!」という意味でしょうか?


▲大小さまざまな池⇒繁盛している釣堀屋
・島をまわり始めると、南大東島には、大小さまざまな池が、たくさんあることに 驚かされます。そして、そこに釣り糸をたらすのは子供だけでなく、大人もたくさんいます。

・まるで、繁盛している釣堀屋の様な釣人の数です。「釣れた魚は?」と思いきや、バケツの中には大きなスッポンが何匹もゴソゴソと動いています。「今夜は豪華にスッポン鍋かな~?」と、ヨダレをたらしそうになりながら、見とれておりました。

◎製糖運搬用に使った機関車が飾ってありました。

▲海岸の岩場をくり貫いた長方形の池
・製糖運搬用の鉄道跡などを見てから、海へ行きました。すると、海岸に不思議な人工物を見つけました。

・海岸の岩場をくり貫いた長方形の池です。海岸のすぐ横に作られているので、海の波がどんどん流れ込み、まるで海水プール状態となっております。


▲あれはまさしくプール⇒あそこで泳ぎました
・昨年、うちの会社に南大東島出身の社員が入社したので「海岸の岩場をくり貫いた長方形の池」について聞いてみました。

・すると、あれはまさしく「人工の海水プール」との事でした。そして、彼も、あそこで泳いだと言っておりました。その時、私の頭をかすめたのは「あの海水プールで泳いだら、私の体も浮くだろうか?」という疑問(アイデア?)でした。


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・25.永良部子守唄(えらぶこもりうた)<沖永良部島民謡>(2分52秒)
・沖永良部の優しい、優し~いメロディーの子守唄です。
・曲:沖永良部の子守唄 編曲:南波照間 雅彦