昭和の沖縄島巡り

昭和の沖縄島巡り、懐かしさがこみ上げる紀行文と歌の数々です

■昭和の沖縄島巡り<<恵比寿のウージ畑(沖縄本島-東風平(こちんだ))>>■

◆行った所: 沖縄本島(昭和52年(1977年)4月~)<O064>◆■島の情報: 沖縄本島 - Wikipedia ■詩『恵比寿のウージ畑』<その1>山手線の窓からウージ畑が見えたよ金色に輝く <クガニイロ>ウージ畑が見えたよコートの襟に首をすぼめるそんな寒い朝だったよ ▲東風平(</o064>…

■昭和の沖縄島巡り<<那覇(10枚)・写真集(沖縄本島-那覇>>■

◆那覇・写真集(10枚): 沖縄本島(昭和52年(1977年)4月~)<O063>◆■島の情報: 沖縄本島 - Wikipedia 01_那覇_旧国内線ターミナル1:那覇空港ターミナルを出ると、光が溢れていました。 02_那覇_旧国内線ターミナル2:タクシーで那覇市内に向かう人がいます。 03</o063>…

■昭和の沖縄島巡り<<史(ふみ)ちゃんのわらべうた(沖縄本島-那覇)>>■

◆行った所: 沖縄本島(昭和52年(1977年)4月~)<O062>◆■島の情報: 沖縄本島 - Wikipedia ◎お薦めします⇒・先に、このブログの一番下のYouTube版の「149_史ちゃんのわらべうた【朗読版】」の視聴をお薦めします。そうしていただければ、このブログの内容が更に深く</o062>…

■昭和の沖縄島巡り<<首里2(15枚)・写真集2(沖縄本島-首里③)>>■

◆首里・写真集2(15枚): 沖縄本島(昭和52年(1977年)4月~)<O061>◆■島の情報: 沖縄本島 - Wikipedia 16_本島_首里_首里散策8:歴史のある首里キリスト教会です。 17_本島_首里_首里散策9:沖縄キリスト教短期大学の看板です。 18_本島_首里_鳥堀1:道路拡張が</o061>…

■昭和の沖縄島巡り<<首里1(15枚)・写真集1(沖縄本島-首里②)>>■

◆首里・写真集1(15枚): 沖縄本島(昭和52年(1977年)4月~)<O060>◆■島の情報: 沖縄本島 - Wikipedia 01_本島_首里_首里城跡1:琉球大学時代からある「首里城跡」の碑文です。 02_本島_首里_首里城跡2:在りし日の首里城の全体図です。 03_本島_首里_首里城再</o060>…

■昭和の沖縄島巡り<<首里城の雲(沖縄本島-首里①)>>■

◆行った所: 沖縄本島(昭和52年(1977年)4月~)<O059>◆■島の情報: 沖縄本島 - Wikipedia ■詩「首里(琉大旧キャンパスを偲んで)」<その1>観光客でにぎわう守礼の門からハンタン山の坂道を下る木立の中 弁財天の向こう見え隠れする琉大男子寮 ▲「琉球大学・首里</o059>…

+■昭和の沖縄島巡り<<浦添(うらそえ)の空(沖縄本島-浦添)>>■

◆行った所: 沖縄本島(昭和52年(1977年)4月~)<O058>◆■島の情報: 沖縄本島 - Wikipedia ▲「さとうきび畑」の海原・50年前の沖縄、街中をちょっと外れると、どこにでも「さとうきび畑」の海原が広がっていました。家も少なく、海原の中に家が点在するという感じで</o058>…

■昭和の沖縄島巡り<<内間に向かって(沖縄本島-浦添)>>■

◆行った所: 沖縄本島(昭和52年(1977年)4月~)<O057>◆■島の情報: 沖縄本島 - Wikipedia ▲詩「内間(うちま)に向かって」<その1>風の強い日だった一人で歩いてた風に呼ばれ振り返ったその時にウージさかまき天登る龍に姿を変えていたオーオーオー ▲「台風銀座」</o057>…

■昭和の沖縄島巡り<<勝手にウィリー(沖縄本島-宜野湾)>>■

◆行った所: 沖縄本島(昭和52年(1977年)4月~)<O056>◆■島の情報: 沖縄本島 - Wikipedia ▲2万5千円の中古原付バイク・私が初めてバイクを買ったのは、沖縄本島中部の宜野湾(ぎのわん)に住んでいた時で、2万5千円の中古原付でした。私は、仕事に、ドライブにと</o056>…

■昭和の沖縄島巡り<<エイサーの夜(沖縄本島-コザ)>>■

◆行った所: 沖縄本島(昭和52年(1977年)4月~)<O055>◆■島の情報: 沖縄本島 - Wikipedia ▲エイサー:その始まり・「エイサー」の原型は、慶長の薩摩入り後に普及した「念仏踊り」だという説があります。その後「浄土真宗の僧・袋中上人」や「京太郎(チョンダラー</o055>…

■昭和の沖縄島巡り<<恋しコザの灯(沖縄本島-コザ)>>■

◆行った所: 沖縄本島(昭和52年(1977年)4月~)<O054>◆■島の情報: 沖縄本島 - Wikipedia ▲コザ友Mを、待つスナック・コザ友Mを待つのは、ゴヤ十字路の裏にあるスナックです。ちょっと強めのクーラーが、ほてった体に気持ちいいです。BGMは、大城美佐子の少しカス</o054>…

■昭和の沖縄島巡り<<十九の春(沖縄本島-コザ)>>■

◆行った所: 沖縄本島(昭和52年(1977年)4月~)<O053>◆■島の情報: 沖縄本島 - Wikipedia ▲『十九の春』の歌詞<1>私があなたにほれたのはちょうど十九の春でした。いまさら離縁というならば、もとの十九にしておくれ~ ▲津波洋子さんと本竹裕助さんが歌う『十九の</o053>…

■昭和の沖縄島巡り<<紅芋のふるさと(沖縄本島-読谷)>>■

◆行った所: 沖縄本島(昭和52年(1977年)4月~)<O052>◆■島の情報: 沖縄本島 - Wikipedia ▲「読谷」と書いて「よみたん」と読みます・初めて「読谷」の漢字を見て「よみたん」と読める人は、まずいないと思います。「読谷」は、沖縄本島中部の地名で、58号線で名護</o052>…

■昭和の沖縄島巡り<古宇利島(10枚)・写真集(古宇利島①)>>■

◆古宇利島・写真集(10枚): 古宇利島(平成4年(1992年4月)<O051>◆■島の情報: 古宇利島 - Wikipedia 01_古宇利島_運天港1:運天港から古宇利島へ船で渡ります。 02_古宇利島_古宇利小学校:港から登った所に古宇利小学校があります。 03_古宇利島_島影1:島の中</o051>…

■昭和の沖縄島巡り<<アクアポリスの見た夢(沖縄本島-本部半島)>>■

◆行った所: 沖縄本島(昭和52年(1977年)4月~)<O050>◆■島の情報: 沖縄本島 - Wikipedia ▲「沖縄国際海洋博覧会」から「海洋博公園」へ・「海、その望ましい未来」をテーマに、1975年7月からおよそ半年間「沖縄国際海洋博覧会」が、沖縄の本部半島で開催されました</o050>…

■昭和の沖縄島巡り<<桜咲く名護(沖縄本島)>>■

◆行った所: 沖縄本島(昭和52年(1977年)4月~)<O049>◆■島の情報: 沖縄本島 - Wikipedia ▲南国沖縄で一番寒いのは?・南国沖縄で一番寒いのは、1月下旬から2月です。早朝バイク通勤の私のジャンパーを突き抜ける様な寒い朝に遭遇するのもこの頃です。(もちろん、</o049>…

■昭和の沖縄島巡り<屋我地島(8枚)・写真集(屋我地島①)>>■

◆屋我地島・写真集(8枚): 屋我地島(平成3年(1991年11月)<O048>◆■島の情報: 屋我地島 - Wikipedia 01_屋我地島_運天港1:屋我地島から運天港を望みます。 02_屋我地島_運天港2:屋我地島から運天港を望みます。 03_屋我地島_港風景1:島の港では釣りを楽しむ人</o048>…

■昭和の沖縄島巡り<<ドライブは辺戸岬(沖縄本島)>>■

◆行った所: 沖縄本島(昭和52年(1977年)4月~)<O047>◆■島の情報: 沖縄本島 - Wikipedia ▲「辺戸(へど)岬へGO!」・「辺戸岬までドライブしようか?」⇒「行こう!行こう!」。これは、金はないけど、時間はたっぷりあった学生達の会話です。 ・辺戸岬は、沖縄</o047>…

■昭和の沖縄島巡り<<竜宮の島ウチナー(沖縄本島)>>■

◆行った所: 沖縄本島(昭和52年(1977年)4月~)<O046>◆■島の情報: 沖縄本島 - Wikipedia ■詩「竜宮の島 ウチナー」<その1>昔々浦島は助けた亀に連れられて遠い大和の浜辺からやってきました竜宮の島 ウチナー ▲私の詩「竜宮の島ウチナー」・私の詩「竜宮の島ウ</o046>…

■昭和の沖縄島巡り<<神の島(久高島①)>>■

◆行った所: 久高島(昭和64年(1989年))<O044>◆■島の情報: 久高島 - Wikipedia ▲「久高島は神の島」という事前知識のせいだけ?・佐敷町の馬天港から船に乗って、一時間余りで行ける久高島は、東西に細長く、ゆっくり歩いても3時間余りで回れる小さな島です。 ・私</o044>…

■昭和の沖縄島巡り<<久高島(10枚)・写真集(久高島②)>>■

◆久高島・写真集(10枚): 久高島(昭和64年(1989年))<O045>◆■島の情報: 久高島 - Wikipedia 01_久高島_カベール岬1:港からすぐにカベール岬へ向かいました。 02_久高島_カベール岬2:道の両側は福木の並木です。 03_久高島_カベール岬3:道の両側はヤシ並木に</o045>…

■昭和の沖縄島巡り<<体験ダイビング(久米島)>>■

◆行った所: 久米島(平成2年(1990年))<O043>◆■島の情報: 久米島 - Wikipedia ■詩「体験ダイビング」<その1>船からバックドロップした時はパニック!パニック! 一瞬 前後左右がわからなくなりタンクの空気がうまく吸えずおもわずインストラクターにしがみつい</o043>…

■昭和の沖縄島巡り<<ニモのいる島(渡嘉敷島)>>■

◆行った所: 渡嘉敷島(昭和64年(1989年))<O042>◆■島の情報: 渡嘉敷島 - Wikipedia ▲「本物のサンゴの海で、子供達を泳がせたい」・「この夏、家族で沖縄に行く予定なのだけれど、その時に、本物のサンゴの海で、子供達を泳がせてあげたいんだ。どこかいい所はない</o042>…

■昭和の沖縄島巡り<<南大東島(12枚)・写真集(南大東島③)>>■

◆南大東島・写真集(12枚): 南大東島(昭和64年(1989年))<O041>◆■島の情報: 南大東島 - Wikipedia 01_南大東島_南西航空1:南大東島空港に飛行機の到着です。 02_南大東島_南西航空2:南大東島空港に飛行機の到着です。 03_南大東島_南西航空3:南大東島空港に</o041>…

■昭和の沖縄島巡り<<島のサンシン先生(南大東島②)>>■

◆行った所: 南大東島(昭和64年(1989年))<O040>◆■島の情報: 南大東島 - Wikipedia ▲ある家から三線の音が聞こえてきました・次の日、島内を歩いていると、ある家から三線の音が聞こえてきました。家の中をのぞくと、中年のおじさんが、島の人に三線を教えていまし</o040>…

■昭和の沖縄島巡り<<スッポンの島(南大東島①)>>■

◆行った所: 南大東島(昭和64年(1989年))<O039>◆■島の情報: 南大東島 - Wikipedia ▲南大東島はどんな島?・行く前の南大東島の知識といえば-「最初に島を開いたのは、八丈島から移住した人達」「土地が計画的に開墾され、アメリカの様に大型機械を使った農業が行</o039>…

■昭和の沖縄島巡り<<伊江島(20枚)・写真集2(伊江島⑤)>>■

◆伊江島・写真集2(20枚): 伊江島(昭和62年(1987年))<O038>◆■島の情報 伊江島 - Wikipedia 21_伊江島_アーニー・パイル:沖縄戦で亡くなった従軍記者アーニー・パイルの碑です。 22_伊江島_米軍に告ぐ:「伊江島土地を守る会」の「米軍に告ぐ」の告知です。 2</o038>…

■昭和の沖縄島巡り<<伊江島(20枚)・写真集1(伊江島④)>>■

◆伊江島・写真集1(20枚): 伊江島(昭和62年(1987年))<O037>◆■島の情報: 伊江島 - Wikipedia 01_伊江島_フェリー伊江島:本部港からフェリー伊江島に乗って島へやってきました。 02_伊江島_伊江島タッチュー1:伊江島のシンボル、伊江島タッチューです。 03_</o037>…

■昭和の沖縄島巡り<<「伊江島タッチュー」に登る(伊江島③)>>■

◆行った所: 伊江島(昭和62年(1987年))<O036>◆■島の情報: 伊江島 - Wikipedia ◎伊江島タッチューの正式名称は「城山」です。 ▲「伊江島タッチュー」は、標高172メートルの岩山・伊江島は、東西に広がる周囲約21キロの小判の様な形をした島です。島の中央部には、</o036>…

■昭和の沖縄島巡り<<砂持節(すなむちぶし)の島2(伊江島②)>>■

◆行った所: 伊江島(昭和62年(1987年))<O035>◆■島の情報: 伊江島 - Wikipedia ▲『砂持節』の歌詞<3><歌詞>原出て見ればヨ うく豆のかばしゃ(ハヤシ)ゼイサ ゼイサ ゼイサー 島のみやらびの(ハイヨ)匂のしゅうらしゃ(ハヤシ)ゼイサ ゼイサ ゼイサー <読み</o035>…